義経千本桜【三~五段目】

歌舞伎の勉強

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歌舞伎はやっぱり予習の上で見たいゾ( ̄ー ̄)エヘン!

義経千本桜【三段目】

(椎の木の場)

若葉の内侍、六代君、小金吾の三人は、平維盛の消息を尋ねに高野山へ向かっている。

長旅の疲れからなのか、内侍が体調を崩してしまい、吉野下市村の茶店で休んでいくこととなった。茶店にいたのは小せんという女性。六代君と同じ年頃の子どもがいるらしい。
小せんは気の良い女で、近くの薬屋へ薬を買いに行ってくれるという。その間は、内侍たちが店番だ。

・・・・・。

六代君が傍らの栃の木から落ちた実を拾って遊んでいると、風呂敷を背負った男がやってきて、これも茶店で休む。しばらく六代君の様子を見ていたこの男、「栃の実で遊ぶなら、木についているのを取る方がよかろう」と、木に向かって石つぶてを投げる。それに当った栃の実がばらばらと落ち、六代は悦んで栃の実を拾う。

やがて旅の男は茶店を立った。

あれっ!
小金吾が自分の降ろした荷をると、これは自分が背負ってきた荷物ではない。そういえばさきほどの旅の男が、よく似た荷物を背負っていた。あの男が自分の荷物と取り違えて持っていったのに違いない。

取り戻すために駆け出そうとする小金吾。
そこへ男が道の向うから大慌てで戻って来て、小金吾に荷を取り違えた粗相を詫びる。そして荷の中身に間違いが無いかどうか、互いに改めることとなった。

そこで、男は思いもよらぬことを言い出す!
自分の荷の中には二十両という大金が入っていた。それが今荷を改めるとその金が見当たらない。おまえが二十両の金をくすねたのだろう!

全く覚えのない小金吾。完全な言いがかりだ。
だが、盗っていないと証明することの難しさ。ましてや、身を隠していたい内侍と六代君を思うと・・・。なんとか穏便に済ませたいところだが、男はなおも悪態をつき金を出せと騒ぎたてる。

・・・・・。

堪え切れず、遂に刀を抜く小金吾。
だが、内侍がそれを止め、涙ながらに男の言う通りにというので、小金吾は悔しいながらも、金を地面に叩きつけ、内侍と六代を連れてその場を立ち去った。

男は「うまい仕事」といいながら金を拾い集め、さて博打場へ行こうとする。そこに戻って来た小せんが立ちはだかる。男の胸倉をぐいっと取って引き据える。

男はこの近在で釣瓶鮓屋を営む弥左衛門のせがれ、いがみの権太というチンピラだった。そしてこの茶店の小せんは権太の女房。小せんは少し前にこの場に戻り、権太が小金吾たちにたかるのを陰で見ていた。こんなことだから親の弥左衛門様からも見限られてしまっているのだ。小せんは常日頃「善太のためにも行いを改めてくれ」と言うのだが、権太は「そもそも今のようになったのも、もとは隠し売女だったお前に入れあげたのがきっかけだ」と開き直る始末。
※隠し売女は、遊郭ではなく素人売春宿みたいなところね!

権太はさらに親を騙して金を取りに行こうと考えている。
なんとかしたい小せんだけれど、本当にどうしようもない( 一一)

・・・・が。

「ととさまサア内にござれ」
傍らにいた善太が手を引くと、権太はその小さな手を優しく引いて、小せんと共におとなしくわが家へ帰るのだった。

さすがに、わが子は愛おしいのだろう。

(小金吾討死の場)

一方、若葉の内侍と六代君の追手はついにこの大和にまで及び、内侍たちは追われていた。すでに夜、藤原朝方の家来猪熊大之進が手下を率いて内侍たちを襲う!
が、小金吾は内侍たちを逃がし、大之進の手下たちを切り捨て、遂には大之進も斬り殺す。
しかし小金吾の傷も相当に深い。

なんとか敵の手を逃れた若葉の内侍親子とめぐり合うが、もはや到底助かるとは思えない。
ふたりの行く末を案じ、必死で「これからこうして、ああして」と言い置く小金吾。いや、人の心配なんて・・・もうアンタ死んじゃうよぉ(T_T)

(小金吾):がんばって生きて、元服して、そのときわたくしの事をもし思い出したら、ささやかでいいので回向してくれればそれで充分です。

今にも息絶えそうな小金吾を心配する二人。
このままだと、二人が行かないから「まだ大丈夫。少し休んだら逃げるから、また会えるから。」と嘘を言ってふたりを逃がす。

そして、遂に・・・。

そこへ村の集まりからの帰り、提灯を持って夜道を歩む釣瓶鮓屋の弥左衛門は偶然小金吾の遺骸を見かける。弥左衛門はいったんは、見知らぬ若者のなきがらに念仏を唱え手を合わせて通り過ぎた。

・・・・・。

が、何を思ったかその死骸のところへ立ち戻り、辺りを見回すと自分が差していた刀を抜いて・・・。

大きく振りかぶり・・・。

(鮓屋の場)

弥左衛門の釣瓶鮓屋。

女房と娘のお里が家業の鮓の商いに励んでいた。
お里は上機嫌、それというのも明日の晩には下男の弥助と祝言をあげることになっているから。弥助は弥左衛門が何処からか連れてきた男で、なかなかの美男子だ。その弥助が帰宅して、お里はすっかり女房気取りで話しているところに・・・、この家の跡取りダメ息子「いがみの権太」がやってきた。・・・父弥左衛門の目を盗んで。
権太は母親に話があるから奥へいけと、弥助とお里を追い払った。

母親は、権太がまた金の無心にでも来たかと眉をひそめるが、権太の口から出た言葉はちょっと違った。権太は別れの挨拶に来たという。代官所に納める年貢の金三貫目を盗まれ、年貢を納められなくなった。その罪で死罪になるのだという。なんだ!・・・やっぱり金をせしめようっちゅう魂胆かい(-_-メ)

しかしそんなふざけた作り話を母親は真に受ける。
戸棚から三貫目の金を出すと権太に渡す。権太にとっては、してやったりだ。その金を空の鮓桶に入れて持っていこうとすると、ドンドンドン!・・・と激しく戸を叩く音。父親の弥左衛門の帰宅だ。

権太は慌てて(勘当同然の立場だし)、取り敢えずそこに並んでいる鮓桶の中に金を入れた桶を紛れ込ませて、戸口の辺りに身を隠す。

弥左衛門の帰宅に気づいた弥助が奥から出てきて戸をあける。弥左衛門は先程夜道で拾った(?)小金吾の首を空の鮓桶に隠し・・・下男の弥助を上座に座らせる。(・・???

実は・・・弥助は平重盛の子息三位中将維盛。
源平の合戦の後、熊野詣をしていた弥左衛門は維盛と偶然出会って、ここで弥助と名乗らせ匿っていたのだった。

弥左衛門は平重盛に恩があった。
平重盛がその昔、後生を頼むため唐土の育王山に黄金三千両を納めようとしたことがあった。そのとき瀬戸内で船頭をしていた弥左衛門が、この三千両を運ぶ役目を仰せつかったのだが・・・その三千両を丸ごと盗まれてしまうという大失態。腹を切っても償いきれぬこのミスは、やがて重盛の耳に届く。しかし重盛は、日本の金を唐土に送ろうとした自らこそ盗賊であると悔い、弥左衛門たちのしたことを不問に付したのだった。
弥左衛門はこの昔の恩義に、その息子の維盛を助けたのだった。

今、わが息子が「いがみ」などと呼ばれ、盗み騙りを働くのも、かつての自らの過ち故だろうと嘆く弥左衛門。

そこへお里が出てきて、弥左衛門は維盛を残して奥へと入る。

新婚気分でウキウキのお里だが、若葉の内侍や六代のこと(奥さんと息子ね!)を思うと維盛の気は晴れない。そんな維盛の様子に、お里は先に布団で横になり寝てしまう。

自分には妻子があるのに祝言なんて・・・と維盛が思い悩んでいると、外から一夜の宿を求める女の声がする。ここは宿屋ではないと一度は断るが、小さな子を連れているのでどうか助けてもらえないか・・・と尚も頼むので、直接断ろうと戸を開ける。
するとそこには・・・若葉の内侍と六代の姿。
思わぬ再会。
維盛は内侍と六代を招き入れ、積る話をするのだった。

だが・・・その話を聞いてしまったお里。
思わずわっと泣きだしてしまう。

驚き逃げようとする内侍と六代をお里はとどめ上座に直し、維盛のことは思い切ると涙ながらに告げる。内侍もその心根に涙する。

そこへ村役人がやって来て。
鎌倉の武士梶原景時が来るぞッ!・・・と。

慌てる維盛たちに、お里が上市村にある弥左衛門の隠居所に行くよう勧め、維盛たちはその場を発つ。

じっと隠れていた権太が、ここで飛び出して来る。それまでの様子を聞いていた権太は維盛たちを捕まえて褒美を手に入れよう考えたのだ。それを止めようとするお里を蹴飛ばし、三貫目の入った(筈の)鮓桶を持ちあとを追ってゆく。

・・・・・。

お里から話を聞いた弥左衛門は刀を差して家を飛び出した。
だが道の向うから、提灯をともした集団がやってくる。手勢を率いた梶原景時だ。
「ヤア老いぼれめどこへ行く!」

先だっての、弥左衛門が出ていた村の集まりとは、実は鎌倉から来た景時が維盛詮議のために村人を集めていたもので、そこで維盛のことを景時から聞かれた弥左衛門は、知らぬ存ぜぬで通していた。でも実のところ・・・景時は維盛がこの家にいることを既に掴んでいて、逃れられぬようわざと泳がせていたのだった。
維盛の首を討って渡せと弥左衛門に迫る。

すると弥左衛門は、維盛はもう首にしてあるという。
(例のアレ・・・ですな!)
弥左衛門が夜道で小金吾の首を拾ったのは、この考えがあったからなのだ。
維盛の身替りの首を取り出そうと、鮓桶に手をかける弥左衛門。ところが弥左衛門の女房は、そこにあるのが自分が内緒で権太に与えた三貫目だと思っているから、桶を開けさせまいと弥左衛門を阻む。
これは当然、景時にとってはムッチャ怪しい!
「さてはこいつら云い合わせ・・・縛れ括れ!」と手下たちに命じるまさにその時。

「維盛たちを捕らえた!」と権太登場。

権太は縛りあげた内侍と六代、そして維盛の首を景時の前に出す。
維盛を捕らえようとしたが激しく抵抗したから殺さざるを得なかったという。
景時はその働きに免じて、弥左衛門が維盛をかくまったことは許してやるという。

「親の命はいらぬからほかの褒美がほしい」と権太。
ではこれをやろうと、景時は着ていた陣羽織を脱いで権太に与えた。これは頼朝公が着ていたのを拝領したもので、これを持って鎌倉に来れば、引き換えに金を渡してやる。そう言い残し景時は立ち去った。

・・・・・。

どこまでもろくでなしの権太に、弥左衛門の怒りが爆発する。
弥左衛門は隙をついて、権太の体に刀を突き立てる。
苦しむ権太。
母親は悲しむが、それでも怒りの収まらぬ弥左衛門。
「こんなやつを生けて置くは世界の人の大きな難儀」と尚も権太を抉る。

・・・・・。

苦しみながら・・・権太が言う。
「親父、あんたの力じゃ維盛を救えはしない」
そして、弥左衛門が偽首を入れたはずの鮓桶をあけると、そこには三貫目が・・・。権太は自分が持っていった鮓桶の中身が生首であるのを見て、桶の取り違えに気づいた。これを維盛の身替りに・・・と、景時に差し出したのだった。

更に、縛って渡した内侍と六代は、自分の女房小せんと善太だった。
権太が笛を吹くと、それを合図に維盛たちがやってくる。

・・・・・。

でも・・・なぜ?

先程、身を隠していた権太は、維盛と弥左衛門の身の上を聞き・・・改心した。
そして偽首を持って出た途中、小せんと善太と出会う。
小せんは自分たちを内侍と六代の身替りとするよう自ら願い出たのだと語る。

これを聞いた弥左衛門。まともに「嫁よ孫よ」と呼べなかったことを激しく悔いるのだった。

維盛と内侍も涙。
維盛は弥左衛門が持ち帰った首というのは自分の家来だった主馬の小金吾であると語る。

・・・・・。

権太の貰った陣羽織は頼朝も使った品だと聞き、維盛は刀で陣羽織を裂こうとした。
ところが・・・その裏地の和歌(小野小町)がどうにも思わせぶりだ。不審に思い尚も陣羽織を改めると、中には袈裟衣と数珠が縫いこまれている。

実は・・・。

その昔、平家に捕まり殺される寸前だった頼朝を、清盛の継母「池の禅尼」が救ったことがある。
頼朝はその恩を忘れず、景時に「維盛を捕えて出家させよ」と命じていたのだった。

謀ったと思ったが、あっちがみな合点・・・と苦しみつつ悔やむ権太。

維盛は出家を決意し、髻を切ってこの場を発とうとする。
維盛にすがる内侍とお里だが、ふたりを退ける維盛。

(維盛):内侍は高雄の文覚の所へ行き六代のことを頼むのだ。お里は兄に代わって親に孝行せよ。

弥左衛門も内侍と六代の供をするため、旅支度を始める。母はせめて権太を看取ってくれと頼むが「死んだを見ては一足も歩かるる物かいの」と嘆く弥左衛門。

そんな一家の様子を不憫に思いながらも維盛は高野山へと、内侍と六代、弥左衛門は高雄へとそれぞれ向う。

権太は、最期を迎えようとしていた。

義経千本桜【四段目】

(道行初音旅:みちゆきはつねのたび

暫くは都にとどまっていた静御前。でも、やはり義経のことが恋しくて義経のもとへと向かうことにする。
義経は今、吉野にいるという噂だ。
木々の芽がほころぶ初春、女ひとりで吉野への道を行く。

・・・・・。

義経より預かった初音の鼓を打っていると、少し遅れて佐藤忠信が現れる。

忠信が義経より賜った鎧を出して敬うと、その上に鼓を置き義経の顔にみたてる静。この鎧を賜ったのも、兄継信の忠勤であると忠信は言い、話のついでに兄佐藤継信が屋島の戦いで能登守教経と戦って討死したことを物語り、思わず涙する。ふたたび歩む静と忠信主従は芦原峠を越え・・・。

吉野山の麓へと辿りついた。

(蔵王堂の場)

静と忠信は吉野山の蔵王堂近くにまで来ている。
そこで掃除をしている百姓たちにこの山の衆徒頭である河連法眼の館について聞き、法眼のもとへと道を急ぐ二人。

一方、蔵王堂では河連法眼が山科の法橋坊、梅本の鬼佐渡坊、返坂の薬医坊という荒法師たちを集めて評定を始める所だ。親類の鎌倉武士茨左衛門から届いた書状によると「頼朝に背いた九郎義経が大和にいるとの知らせが鎌倉に聞え、もしこの吉野山にいてそれを匿うようであれば、この山にある寺院をまとめて滅ぼす」とのこと。

義経に味方すべきかどうか。法眼はまず法橋坊たちの意向を聞く。すると法橋坊たちは口を揃えて「義経に味方する」という。そこに法橋坊に身を寄せる客僧、横川の覚範が遅れて現われる。これも大太刀を佩いた荒法師である。法眼が覚範に聞くと、やはり義経に味方するという。

・・・・・。

だが、法眼は義経に弓引くつもりだと皆に答える。
一山衆徒の頭として、義経を庇いこの山を危険に晒すわけにはいかぬ。それでも義経を庇おうというのなら、そのときは敵味方だ・・・と言い残し、法眼はその場を去った。

・・・・・。

実は法橋坊たちは、義経を殺すつもりだった。
義経に味方し匿っているという噂の河連法眼にカマをかけたのである。
(そんなの川連法眼はお見通しだ!)

当てがはずれた・・・と残念がる法橋坊たちを覚範が笑う。
今の返答で法眼が自分たちを信用していないことがわかった、この上は義経を逃がさぬよう、今夜の内に河連法眼の館を襲撃するぞ・・・。

(河連法眼館の場)

義経は河連法眼の館に身を寄せていた。

蔵王堂の評定から法眼が自邸に戻る。
法眼は妻の飛鳥に「変心して義経を討つつもりだ」と言い、鎌倉からの茨左衛門の書状を飛鳥に読ませる。
飛鳥は茨左衛門の妹だ。

そんな夫の様子を見て飛鳥はその刀を奪い自害しようとする。法眼は義経を裏切るような人間ではない。自分が鎌倉武士の身内だから、義経のことを内通して知らせたと疑うのかと飛鳥は恨み嘆く。
すると法眼は茨の書状をずたずたに引き裂き、これも義経への忠節のためである、書状は引き裂いたすなわち疑いは晴れたから、安堵して自害を留まれ・・・と。
飛鳥も恨みを解く。義経も登場し法眼の厚意に感謝するのだった。

そこへ佐藤忠信がやってくる。
義経は忠信との再会を喜ぶが、静御前の姿が見えない。静はどうしたのかと尋ねる義経に、忠信は不審そうな顔をした。
「自分は出羽から今戻ったばかりで、静御前の事は知らない」と。
これを聞き激怒する義経。
都から逃れるとき、伏見稲荷で忠信に静の身柄を預けたはずである。それをとぼけるとはさては自分を裏切り鎌倉に静を渡したのに違いない。不忠者の人でなしめ。

駿河次郎と亀井六郎を呼ぶ。駿河と亀井は忠信を捕らえようとし、わけがわからないという様子の忠信は刀を投げ出して、「両人待った」というまさにそのとき、なんとまた忠信が、静御前を伴いこの館に現われたとの知らせ。この場に居た者はみな仰天した。

この場にいた忠信が、今来たという忠信こそ偽者、捕まえて疑いを晴らそうと駆け出そうとするが、駿河と亀井はその身に疑いある以上は動かさぬと行く手を阻む。やがて静御前が初音の鼓を持って義経たちの前に現われた。義経との再会に嬉し涙をこぼす静。義経は静に、同道していた忠信のことについて聞く。静の供をしていたはずの忠信はいつの間にかいなくなっている。そういえば今目の前にいる忠信は、自分の供をしていた忠信とは違うようだと静はいう。だがその忠信が初音の鼓を打つと現われると聞いた義経は、それぞ詮議のよい手立てと、静に鼓を打つことを命じ、自らは奥へと、忠信は駿河と亀井に囲まれながらこれもその場を立ち退く。

ひとり残された静が初音の鼓を打つ。するとまた忠信が現れた。鼓の音を聞いてうっとりする様子である。静は、遅かった忠信殿といいながら、隙を見て刀で切りつけようとする。

この忠信は「切らるる覚えかつて無し」と抗うが、鼓をかせに静に責められ、ついにその正体を白状する。

その昔、桓武天皇の御代のこと。天下が旱魃となって雨乞いをするため、大和の国の千年生きながらえているという雌狐と雄狐を狩り出し、その生皮を剥いで作った鼓を打つとたちまち雨が降りだした。その雌狐と雄狐の皮で作った鼓とは初音の鼓、自分はその鼓にされた狐の子だというのである。

この子狐は、皮となっても親たちのことを恋い慕っていたが、初音の鼓が義経に下されたのを知り、伏見稲荷で佐藤忠信に化け静の危機を救い、今日まで鼓を持つ静に付き従っていたのだという。

その心根に静は涙する。
義経も出てきてなお親を思う狐の心を憐れむが、本物の忠信にこれ以上迷惑はかけられないと、子狐は泣きながら姿を消してしまう。

義経は子狐を呼び戻そうと静に鼓を打たせたが、不思議なことにいくら打っても音が出なくなった。鼓にいまだ魂がこもり、親子の別れを悲しんでいるらしい。義経は、自分は幼少のころに父義朝とは死別れ、身寄りの無い鞍馬山で成長し、その後兄頼朝に仕えたが、これも憎まれ追われる今の身の上となった。この義経とこの狐、いずれも親兄弟との縁の薄さよと嘆く。

静も嘆く・・・とこの声を聞いたか、再び子狐こと源九郎狐が姿を現す。
義経は、静を今日まで守った功により、この鼓を与えるぞと手ずから初音の鼓を源九郎狐に与えた。
源九郎狐の喜びようはこの上もない。
源九郎狐はそのお礼にと、今宵悪法師たちが義経を討ちにこの館を襲うことを知らせ、鼓とともに姿を消すのであった。

本物の忠信が駿河亀井とともに出てきて、自らの潔白が明かされたことを喜んでいると法眼が駆けつけ、源九郎狐の言葉通り法師たちがこの館に攻め寄せてくるという。義経は自分に思う仔細ありといって静とともに奥へと入った。

やがて山科の法橋坊たちが館に来るが忠信たちや法眼に、また源九郎狐の幻術もあってみな取り押さえられてしまう。そこへ衣の下に鎧を着込み、薙刀を持った横川の覚範が来て法眼を呼ぶ。

「平家の大将能登守教経待て」と義経が声を掛けた。
横川の覚範とは世を忍ぶ仮の姿、実はこれも源平の戦いで入水したといわれた平教経だったのである。義経は覚範こと教経と数度刃を交えると、いきなり逃げ出し奥へと入ってしまう。のがさじと教経は、奥へと踏み込んで一間の障子を開け放つと、そこにいたのは幼い安徳帝。驚く教経に安徳帝はこれまでのいきさつを語り、この上は母である建礼門院に会いたいと泣き伏す。

教経は安徳帝を己が住処に移そうと、抱き上げて立ち去ろうとするところに駿河と亀井、法眼がその前に立ちはだかり、互いににらみ合う。そこへ「ヤア待て汝ら粗忽すな」と烏帽子狩衣の礼装で現われた義経が、この場は安徳帝を見送り、勝負は教経を兄の仇とする佐藤忠信と後日に決すべしと、改めての決戦を互いに約して別れるのであった。

義経千本桜【五段目】

(吉野山の場)

雪のまだ残る吉野山で、佐藤忠信は覚範こと教経と決着をつけることになった。

鎌倉勢も攻め寄せるが忠信一人でそれらを退ける。教経が現われ忠信と激しい勝負となるが、忠信は教経に組み敷かれてしまう。ところがそこへもうひとり忠信が駆けつけ、教経に取り付いた。さしもの教経も仰天し振り払おうとすると、その忠信は義経の鎧に変じ、その隙を狙って組敷かれた忠信が教経に手を負わせる。源九郎狐が幻術を以って忠信を助けたのである。

そこへ義経が現われ、安徳帝は母である建礼門院のもとで出家を遂げたと告げると、川越太郎もやってきて藤原朝方を縛って引き出し、頼朝を討てという院宣はこの朝方の謀略であると顕れたので、その処分を義経に任せるとの後白河院の言葉を伝えた。平家追討の院宣もこの朝方のしわざと聞く、こいつを殺すのが一門への言い訳と、教経は朝方の首を打ち落とす。その教経は兄継信のかたきと佐藤忠信に討たれる。

平家はここにまさしく滅びたのであった。

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